夏休みになり、叔父叔母の家に戻ってきたハリー・ポッター。
誕生日の朝の食卓では、テレビのアナウンサーが、囚人のシリウス・ブラックが脱獄したというニュースを伝えていた。そしてもう1つ、ハリーにとって最悪なニュースが叔父さんから告げられる。叔父さんの姉のマギーおばさんが、ダーズリー家に泊まりに来るというのだ。マギーおばさんのひどい態度になんとか耐えるハリーだったが、ハリーの両親を侮辱する発言に、ついに怒りが爆発。家を飛び出してしまう。行くあてもなくふと立ち止まったハリーは、暗い路地に「死の前触れ」とも言われる巨大な黒い犬を見る…。
その後、魔法の世界のKnightバスに拾われ、ロンドンの宿に辿り着いたハリー。夏休み最終日には、ロンの家族やハーマイオニーとも合流し、楽しい時間を過ごす。しかしその夜、ロンのお父さんとお母さんの話を立ち聞きしてしまったハリーは、脱獄囚ブラックが、自分を付け狙っていることを知る。あの巨大な黒い犬は、やはり「死の前触れ」だったのだろうか…!?
絶望の象徴、Dementor(ディメンター)
ハリー・ポッターには、3つの頭をもった犬やら巨大蜘蛛やら、たくさんのモンスターが出てくるけれど、ディメンターは、その中でも最も気味の悪い生き物。希望や幸せなエネルギーを吸い込み、人の心に絶望だけを残す。ディメンターは、J.K.ローリングが、自身のうつ病経験を元に作り出したキャラクターとしても知られている。
さて、Defense Against the Dark Artsを教えるルーピン先生の授業で、ボガート(相手の怖がるものに姿を変えるお化け)との戦い方を学ぶハリー。「最も怖いものは何か?」そう問われたハリーは、真っ先にヴォルデモートを思いつくが、すぐにディメンターの存在を思い出す。それを聞いたルーピン先生の反応が興味深い。
‘Well, well … I’m impressed.’ He smiled slightly at the look of surprise on Harry’s face. ‘That suggests that what you fear most of all is – fear. Very wise, Harry.’
「何よりも恐れているのは『恐怖』」とは、どういう意味なのだろう?魔法の世界の人たちが最も恐れる人物といえば、ヴォルデモート卿。「Who-Must-Not-Be-Named(その名を呼んではならない者)」と、名前を呼ぶことさえはばかる存在。両親を殺されたハリーにとっては、最大級の恐怖と憎しみの対象でもある。しかしハリーは、そのヴォルデモート以上にディメンターを恐れているという。
ところで、ルーピン先生は、ヴォルデモートを「ヴォルデモート」と名前で呼ぶ、数少ない魔法使いの1人。そこから、ルーピン先生自身が、ヴォルデモートを(少なくとも他の魔法使いが恐れているようには)恐れていないことが分かる。そう考えると、希望や幸せといったエネルギーがあればヴォルデモートと対峙することができるけれど、それらが消えてしまえば、戦うこともできない。だから、そうしたエネルギーをエサとしているディメンターが一番の恐怖ということだろうか。意味深なセリフで、解釈が難しい。
生かすか、殺すか。
本作で、ハリーは、自分の両親を裏切った人物を生かすか殺すかの選択を迫られる。
この選択は、1巻目の寮の組分けで、グリフィンドールを選んだことに続く、大きな決断といってもいい。
しかし、生かすか殺すかの選択は、これだけではない。マルフォイに怪我をさせた魔法世界の動物ヒポグリフについても、危険動物として処分するかどうかが問題になっているし、脱獄囚のシリウス・ブラックに対しても、ディメンターを使って魂を抜く刑の執行が許可されたり、「処罰としての死」は、本作のテーマの1つでもある。
これら3つのケースにおいて、ハリーの答えは、意識的にも無意識にも一貫しているのだけど、本人はそれに気づいているだろうか。
ハリー・ポッターシリーズも、3巻目になって、テーマが重くなってきた。
一方で、シリウス・ブラックやルーピン先生が登場し、ハリーの父親のジェームズの過去も明らかになるなど、さらに面白くなってもきている。